好きな人ができたかもしれない

突然、ほんとうに突然。

それまでなんとも思っていなかった人を
意識してしまう出来事が起こってしまい。



会えば挨拶をする程度の人で
どんな人なのかもよくわかっていない。

先日3年ぶりに食事の席で会話をし、
そのときだって別になんとも思わず。


でも、でも。
たった一回、五秒の出来事で、
人ってこんなに誰かのことが
気になって仕方なくなるのか…!



この芽を、大切に育てて行きたいという
そんな気持ちになっている。

おめでとう、わたし。

全部忘れてゼロになる

大好きだったアイドルグループ。
大きな事務所に所属しているわけではない、
いわゆる、地下アイドルというやつ。


彼らに会えることが私の楽しみの全てで、
彼らが嬉しい気持ちになることが私の喜びの全てだった。過去形。




今はもうライブに足を運ぶことがないけれど、当時出会ったファンの方たちとSNSで繋がっているので、情報は自然と入ってくる。


先月、彼らにとって大事なライブが終わって、
その感想を目にして、勝手に私の中で一区切りがついた。もう、彼らについての話をシャットアウトしようという、そういう気持ちになった。




彼らは、すごく頑張っている。
ファンの人たちもとてもいい人ばかり。

でももう、同じ気持ちで楽しめなくて、喜べなくて、ついて行けない、という気持ちが強くて。彼らについての情報を目にする度に、心に重いものがのしかかっていたのだった。



別に私ひとりがライブに行かなくなったことで困る人なんて誰もいないのに、なんというか、罪悪感のようなものがうようよしていて、いつも目を逸らしたくなっていた。



だからもう、全て絶ち切って、彼らのことを思い出すこともなくなるくらい、全部忘れたくなったのだ。




今、すきなものだけに心のスペースをつかえるように。

ありがとう。お世話になりました。
大好きでした。これからも頑張って。

思い込みを捨てる

少ないお給料で一人暮らしをしています。



あまりにも少なすぎて、部屋を借りるので書類出してくださいと人事のひとにメールをしたところ、すぐに大丈夫ですか?という電話がかかってきたほどです。



まあなんとかそれなりにやっていて、
一人暮らしのお金の使い方もわかってきたこの頃。




ひとつ、やめたことがあります。




それは、自炊を頑張ること。

一人暮らしで一番節約できるのは食費!
自炊!作り置き!栄養のためにも!!!



みたいな思い込みを捨ててみたんです。



だって仕事から帰ってきてくたくたでお腹空いてるのに自分で作らなきゃ食べるものがないストレス…

たまに頑張って作り置きをしても、数日ずっと同じものを食べないといけないストレス…



私にとって、料理することはストレス!
でしかなかったんです。悲しい…。



幸い、私の家の近くには手作りのお惣菜が
売っているお店がいくつかあり。

なるべく栄養バランスを考えつつ、
食べたいものを食べてます。ノーストレス。




毎月の食費が上がってきて、
代わりにやめたのが料理教室という…。



そもそもこの教室も
わりと私のストレスの一端を担っていたんでした。

料理が苦手でストレスを感じる人が
料理教室に通ったところで、
レパートリーが増えるわけでも
家で凝ったものを作るようにもなりません!!!!!(個人の感想です)




というわけで、

自炊しなきゃいけない。
料理できなきゃいけない。


という思い込みから自分を解放した私は、
すこしスッキリとした顔で買ってきたお惣菜を食べているのでした。

広告を非表示にする

がんばらないで生きてみるテスト

日記を読み返すと、2ヶ月前くらいから雲行きが怪しくなり、1ヶ月前には明確に疲れていて、この2週間くらいは毎晩のように泣いていた。



何か大きな出来事があったわけでなく、小さなことの積み重ねで、どんどん気が滅入ってしまって、ついにもうだめだなあと思ってしまったわけだけども



私を苦しめているのはやっぱり私自身であって、それは、完璧主義なところとか、人からよく思われたい気持ちが強いところとか、ノーと言えないところだとかそういうの。




だから、もう、頑張らなくてもいいか、とおもって
仕事も、生活も、今は頑張れる状態じゃないっていうのを認めたら、すごく楽になった。



頑張らないことはだめなことだとずっと思っていた。でもたぶん、頑張らなくても人生、どうにかなるもんなんだ。頑張って頑張って辛い気持ちを抱えて人生早く終わらせたいと願うより、頑張らないで、もう少し長く生き続けたほうがいい気がしました。



私には、線路に飛びこむ勇気も仕事を辞める思い切りの良さもないけど、がんばらないで生きてみるテストくらいはできる。


それでうまく行かなかったらまた次どうすればいいか考えたらいい。今、急いで考えなくてもいい。



明日も一日がんばらない。
って言うとなんだか気が抜けた終わり方になるけれど今の私にとってはすごく前向きな言葉だ。

どうでもいいはなし

スーパーのレジの女の子(おそらく10代)が、前髪を切りすぎたのかすごく気にして触っていてとてもかわいかったのよ…



などというどうでもいい話をしたいけれどこの家には誰もいません。



こういうとき、実家だったら母にこういう話できるのになーとおもうけどその分母のどうでもいい話、それはだいたい私のどうでもいい話の10倍くらいの長さになるのだけど、それを聞かなければならないという。



実家にいたときはそれが結構苦痛だったんだ。私は、家族といえど人との距離感を測るのが苦手だから。



ももう母も高齢者という年齢に差し掛かって、そんな母のどうでもいい話を聞くことってもうそんなにないのかも…と思うとやっぱり定期的に帰るなり連絡をとるのがいいのだよな、と思い直しているよ。

起こっていないことを不安に思う

今のわたしの頭のなかは、これから起こりそう、な嫌なことでいっぱい。



仕事のこと、
人間関係のこと、
日々の生活のこと。


全部、不安に思っていることがあって
でもそれは全部 今 起こっていないことであって



やめようと思うのに、不安に思うことをやめられなくて、嫌になる。


きっと、それがほんとうに起こった時に対処できない自分が嫌なんだろう。だから、考えて、備えているのだろう。



昔から失敗することが嫌で
そういうわたしは 完璧主義っていうのだろうか。



もう少し、自分自身のできることを見極めて
失敗してもいいって言い聞かせて
ゆるりと肩の力を抜いて生きていきたい。



そうしたら、明日の朝出社することも苦ではなくなる……なんてことはないかあ。

日曜日の過ごし方

日曜日はあまり予定を入れず、近所をぶらぶらと散歩するくらい。今日もそんな感じで。



いつもはだいたい、お昼前くらいに出てまずお昼ごはんを食べに行くのだけれど、今日は早起きしたこともあって一通りの家事が終わってもまだ朝の9時だった。


だから早く出て、本屋さんで本を買って、大学構内のスタバに行く。これはいつも通り。


今日はテスト勉強に勤しむ女子大生三人組と、Macをカタカタしてる意識高い系男子の間の席へ。



カフェの楽しみの一つがこれ。私はそういう場所で自分の世界に浸れるタイプではないので、あえて周りの人のことを気にしてみる。そうすると、面白い。


女子大生は集中したり、しなかったり。一人がおしゃべりを始めると、みんなつられて話し始める。私にもあったな、そんな時期…と遠い目をしてみたりする。


反対側の男子はレポートか何かを書いていたのだろうか。しばらく静かだなと思っていたら、突然ものすごい勢いでキーボードを叩きはじめて驚く。



私はこの、店員さん含めみんな大学生であろう空間に、まだギリギリ馴染めているだろうか…。不安になりつつ飲み物をすする。


本を読みながら一時間ほどをそこで過ごして、


昨日からものすごくとんかつが食べたい気分だったので、そこからまた歩いてとんかつ屋さんに行った。ら、店員さん(またしても大学生くらいの)がいまどき珍しいくらいの物腰の柔らかさで、おまけにかっこよくて、もうとんかつ食べる前からわりと満足感があった。




そこから家までまたてくてく歩く。
ジリジリ、と音が聞こえそうな暑さ。


気付いたらふた駅分ほどあるいていた。
さっき帰ってきたけれど、まだ14時少し前。

いつも通りの、こんな日曜日の過ごし方。

広告を非表示にする